【体験談】双極性障害と向き合って見つけた「夢」にこだわる生き方-30代男性

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【体験談】双極性障害と向き合って見つけた「夢」にこだわる生き方-30代男性(その1)

長年夢見た職場を、わずか2年で退くことに

私は大学を卒業した後、大手のマスコミにディレクターとして就職しました。学生の頃から長年夢見ていた子ども向けコンテンツの制作に携わることができて、仕事自体にはとてもやりがいを感じていました。しかし業界柄、深夜残業や土日出勤が続くなど、想像以上に過酷な働き方を強いられたことから、1年と持たずに体調を崩してしまったのです。

最初は慢性的なお腹の不調でしばらく内科に通ったのですが、担当医の勧めで心療内科を受診したところ、「うつ病」と診断されました(後に「双極障害Ⅱ型」へと診断が変更)。

しばらくは疾病を抱えたまま勤務していましたが、相変わらず流動的で不規則な働き方が続き、体調は悪化していく一方でした。そんな時、他業界ながら子ども向けのサービスを展開する企業の求人に応募して内定を得たため、転職することを決意しました。社会人になって2年ほど経った頃のことでした。

【体験談】双極性障害と向き合って見つけた「夢」にこだわる生き方-30代男性(その2)

自分の弱さを言い訳に、病気から逃げ続ける

体調を考慮して転職したつもりでしたが、新しい会社で働き始めてからも、すぐに体調を崩してしまいました。双極性障害だと自覚している現在から思い返すと、躁状態の勢いで転職をし、働き始めた頃に鬱期が来たのだと思います。

双極性障害は、気分が落ち込む「うつ状態」と、活動的で気分が高ぶり、時に怒りっぽいなどの「躁状態」を繰り返す病気です。しかし、うつ状態で発症することが多く、うつ病と区別しにくいという難しさがあります。

双極性障害(躁うつ病)ってどんな病気?”躁状態”とは?

 

ハードだった転職前に比べると穏やかな労働環境だったこともあり、「自分が弱いせいだ」「自分に問題があるんだ」と考えてしまい、泣いてしまうこともありました。朝起きて会社に行くことを考えるだけで涙が止まらない…そんな日々でした。

不安による不眠が続いても「病気で眠れない」という事実から目を背けるために、あえて苦手なホラー映画を見て「眠れないのは恐怖を感じているからで、決して仕事が嫌なわけではない」と思い込もうとしました。当然ながら根本的な不眠の解決にはなりませんでしたが、どうしても病気と向き合えなかったのです。

主治医からはよく「病気がそういう気分にさせているのだから自分を責めなくていい」と言われました。でも、どうしてもそのようには思えませんでした。そして、自分の悪いところにばかり目が行き、病気や不安定な体調と向き合うことができず、転職先でも2回休職をしてしまったのです。

【体験談】双極性障害と向き合って見つけた「夢」にこだわる生き方-30代男性(その3)

体調が整っていくことを初めて実感できたリワークでの日々

2度目の休職中、たまたま産業医の先生がリヴァの役員と知り合いだった縁で、リヴァトレを利用することになりました。社内の制度上、休職が2回までしか認められていなかったため、「これが最後のチャンスだ」という藁にもすがる思いで、各種のプログラムに真面目に取り組みました。

その結果、私は疾病を患ってから初めて、体調が整ってくるのを明確に感じました。 

主な要因としては①「良い休み方」を理解して実践できたこと②プログラムにより「休職への罪悪感」や「漠然とした不安」などを感じる時間が減らせたこと③自己分析や疾病に関する知識の習得がきっかけとなり「うつ病ではなく双極性障害だ」ということが分かって適切な治療法に取り組めたこと④日報の記入を通じて日々の努力が可視化できて自信が取り戻せたこと…などが挙げられると思います。

特に、日々厚みを増していく日報により「自分は少なくとも『状況を良くしよう』と努力はできる人間なのだ」という自己肯定感を得られたのは大きかったと思います。

【体験談】双極性障害と向き合って見つけた「夢」にこだわる生き方-30代男性(その4)

ダイアログで見つけた「夢を大切にしたい」という気持ち

そうして元気を取り戻してきた一方で「せっかく体調が良くなってきたけど、復職してまたダメだったらもう後がない。また辛い思いをするのだろうか…」という考えもよぎり始め、次第に復職自体が怖くなってしまいました。

そんな自分が復職を決意できたのは、参加したあるプログラムがきっかけでした。他の利用者数名と「何のために働くのか」というテーマでダイアログ(対話)を進めていた時、ある人が口にした「元々は何かが気に入ったからその会社に就職したはずなのにね」という言葉に、思わずハッとさせられたのです。

その時までの自分は「自分らしく生きる」というような言葉や考えを他人事のように感じていましたが、私自身も「夢」や「やりたいこと」があって会社を選んでいたことを思い出させられました。自分の弱さや病気にばかり気を取られて、そういった大切なことをすっかり忘れてしまっていたのですね。

それ以来、「もうこの会社では休職ができない」「次に体調を崩したら後がない」ではなく、「やりたかった仕事にもう一度戻れる機会があるんだ」という意識に切り替わり、復職へのモチベーションが高まっていきました。

【体験談】双極性障害と向き合って見つけた「夢」にこだわる生き方-30代男性(その5)

「双極性障害」という特性を利用した決断

復職した私は、リワークで学んだ病気への対処法を実践しつつ、周囲の協力を得ながら、少しずつ仕事の負荷を上げていきました。「自分はやりたい仕事をしている、自分で選んでここにいる」という気持ちで仕事に取り組めたし、元々やりたかった「子ども向けの仕事」にも携わることができて、「疾病を抱えながらも夢を叶えられた」という自信も付きました。

また、しばらくすると「子ども向けの仕事以外のことにも挑戦してみたい」という気持ちが湧いてきました。ひとつ目標を達成できたことで、夢が少しずつ形を変えはじめて「病歴や年齢に関係なく、自分個人として社会の役に立てるようになりたい」と思うようになったのです。私はそれから起業に挑戦し、そこで得たノウハウを活かして、現在は個人事業主として活動しています。

会社員でない道を選ぶことに躊躇いはありましたし、「一時的な躁状態がそうした決断をさせているのではないか?」という疑念もありました。そこで私は「新しくなにかをスタートする決断はあえて鬱気味の時に行う」というマイルールを作りました。

心がけているのは、「何かを始める」決断にだけこのルールを適用すること。鬱期には「何かをやめたい」という思いは強くなるので、やめる決断はなるべく避けたり、一人で決めないように心掛けています。一方で、鬱気味であっても「何かを始めたい」時にはその心に素直に従うようにすると、バランスが取れると気が付きました。

そのルールに則って行動した結果、いまの自分があります。近頃では「私が抱える双極性障害は自分の『やりたい』の度合いを量る“秤”として存在しているのだ」と思っています。

【体験談】双極性障害と向き合って見つけた「夢」にこだわる生き方-30代男性(その6)

夢に正直でいるために「自分らしさ」は自分で決めたい

いま私は縁あって「バックオフィスでのサポート」という形で、リヴァの仕事をお手伝いしています。リヴァトレを利用してからは、「疾病前に戻れないのなら“いまやりたいこと”を大事にしよう」と思って生きてきました。この思いは、リヴァトレの「戻ろう、ではなく、進もう。」というスローガンに通じるのではないか…そう思ったことが、リヴァに関わらせてもらった理由です。

私のいまの夢は、「人が自分の好きなことを隠さないで生きられる世界を作る」ことです。世の中には、色んな「好き」があると思っています。でも、男らしさや女らしさ、年齢、スクールカーストのようなもの、その他色々な要素で、「好き」をこらえてしまう人がたくさんいると思っています。もっと、みんなが「好き」に素直に生きられるような手助けをしたい。「自分らしくいきるインフラをつくる」ことを目指しているリヴァの中から、もしくはリヴァと協力しながら、夢の実現へ向けていま自分にできる事を探していきたいと思って日々お仕事をさせていただいています。

双極性障害Ⅱ型という病気は、長い付き合いが必要な病気だと思います。現在でも、自分の体調を見極められなかったり、気候の変動や仕事上の人間関係などの影響を受けて、気分の波に振り回されることは多々あります。不自由でままならないことも多く、思い描いている理想の自分には程遠い状態。「いつになったら家族を含めた周りの人に体調面で迷惑をかけないようになれるだろうか」と思うことばかりです。

それでも、どうせこの病気を抱えて生きていくならば、病気を理由に何かを諦めるのではなく、自分のやりたいことを大切にしていきたい。そうしていつか「自分は病気があったから先へ進めたのだ」と思えるようになればいいなと考えています。

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