【うつ体験談】うつ病を克服して復職。これからは人生を貪欲に楽しみたい。-30代男性

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今回はリヴァトレ高田馬場を利用し、うつ病を克服された30代男性にお話しを伺いました。

 

好きだった「仕事のできる自分」が いつしか追い込まれていくことに

国際的な仕事がしたいと考えていた私は、新卒で商社に入社しました。そこで希望通りに海外の会社と取引を行うグローバルな部署に配属されたのです。

結果も出すことができて、周囲からの期待も高まり、やがて経営陣に近い企画部門に抜擢されることに。巨額の投資案件や会社全体の予算に関する資料の作成、それに役員へプレゼンテーションなどの業務を担当しました。

同期よりも出世が早く、精鋭がそろっている組織への異動ということでプレッシャーもありましたが、もちろん嬉しさもあり、「期待に応えなければ」と必死に働いていました。

そんなストレス負荷が高い職場で過ごして2年近く経った頃からは、それまで二人で担当していた業務を徐々に一人で担当するようになり、さらに負荷が強まっていきました。また、いわゆる体育会系の上司との折り合いが悪かったことから、心理的にも追い込まれていきました。

朝起きるのがつらく、布団から出られない。ひどい時は、泣きながら這い出るような状態。でも症状には“日内変動”があり、午前中を乗り切ると、夕方には元気になったので、なんとかごまかしているような状態が続きました。

もともと5年ほど前から不眠症で、心療内科から精神安定剤を処方されていたのですが、この時にうつ病と診断され、初めて休職することになりました。帰宅後「まさか自分が…」という気持ちから、妻の前で泣きました。

翌朝一番で、会社で信頼している先輩に相談。先輩も突然の相談に戸惑った様子でしたが、「何も考えずにゆっくり休め」と背中を押してくれたことが、休職する勇気につながりました。

2か月間、自宅で療養したところうつ病の中途覚醒の症状がなくなったため、主治医から復職の許可をもらい、休職前と同じ職場へ戻ることに。

 

困難な状況と細かい性格 様々な問題が重なってしまい…

うつ病を克服して一度目の復職後、本来は徐々に負荷をかけていくべきだったのでしょう。

しかし、一緒に仕事を進めていた同僚が急病で職場を離れ、その分の負担がのしかかってきたことや、復職前には想定していなかった大型プロジェクトへの参加を命じられるなどしたことで、無理せざるを得ない状況となりました。

その結果、体調を崩しがちになってきたため、元の部署への異動希望を出し続け、ようやく希望が通りました。ところが、元の部署に戻った後も、のんびり働けるわけではありませんでした。

前任者から雑な引き継ぎをされたり、丸投げしてくるタイプの上司に仕えてしまったり、新人の教育まで任されたり…と、ストレスの種には事欠かない状況。

加えて、自分自身の細かい性格も災いし、「すべての業務を早くきっちりやろう」と全速力で走ってしまったんです。

周りからは張り切っているように見えたかもしれませんが、自分の中では“いっぱいいっぱい”の状態でした。それが突然、プチっと切れた感じですね。朝起きられなくなり、気持ちがふさぎ込むようになり、誰とも話したくなり、妻とも二日間くらい口を利かないことがありました。

すぐ主治医に相談したところ、「診断書を書きます」とのことで、再び休職することになりました。2度目の休職だったので、1度目よりは自分の状態を冷静に見られていたと思います。

 

すぐにリワークでうつを克服して、1日も早く復職したかった

診断書をもらったあと、主治医から認知行動療法と2か所のリワークを進められ、どちらも見学。「雰囲気とプログラムが自分に合う」と思ったリヴァトレを選びました。

医師は「状態が落ち着いたら」という前提でリワークを勧めてくれたのでしょうが、自分がリヴァトレに電話をしたのは、休職した初日。応対してくれたスタッフさんも少し呆れていましたね(笑)。

2度目の休職だったこともあり、”早く復職したい”と焦っていたんです。体験日も無理を言って直近の日程に調整してもらいました。

不眠とはいえ、朝の起床や食事も問題なく、体力もあった自分は、リワークを学校のようなところだと勘違いしていて、早く学べば、早く卒業できるものだと思っていたんです。

1週間に3回も体験に訪れたことを主治医に伝えると、「いきなり負荷かけて何やっているんだ」と叱られ、2週間は自宅で過ごすよう指導を受けました。

「あなたのそういう積極的な性格が良くもあるし、悪くもある」と、ごもっともなお言葉を頂戴しました(笑)。妻も同様に思っていたそうですが、自分が言っても私が耳を貸さないと思い、主治医に言われるのを待っていたそうです。

ちなみに、1度目も2度目も、休職した際の診察には妻を連れて行きました。私の病状を全て知ってもらうことで、その後の治療に理解が得られると思ったからです。幸い妻に理解があり、本当に助かったと思っています。

リヴァトレには7か月近く通所しました。リヴァトレの利用前後で、私は大きく変化したと思います。

一言でいうと「少し力が抜けた」というか、仕事ばかりでなく、オフの時間も大切にしようと思うようになりました。また、行動から気持ちや考えを変えていくやり方があるということを学びましたね。

 

『頭でっかち』からの脱却 信じていないことも“とりあえずやってみる”

もともと私は頭でっかちで、理詰めで納得できるまでは行動できないタイプでした。

ところが、リヴァトレではちょっとしたことでも「それいいですね!」と、他の利用者さんやスタッフさんからポジティブな声をかけてもらえるんです。

気分が乗らない時や「こんなことやっても意味があるのかな」と思うことでも、とりあえずやってみる。すると、後から気分がついてきたり、自分が想定しなかったことがあることが分かってきたんです。

例えば、スタッフの方に「朝が苦手なんです」と伝えたら、「私も朝苦手なんです、朝ぼーっとしたまま会社来て、清掃しているうちにだんだん目が覚めてきて、1日が始まるんですよ」と返ってくる。

あぁ、元気に働いている人でもそんなもんなんだ、それでいいんだなと思えて、肩の力が抜けました。

それで自分も、頭でいろいろと考えることはいったん置いておき、朝のルーティンに取り組んでみることにしたんです。

朝起きて布団を片付けて、お湯を飲んで、少しの運動後にシャワーを浴びて、朝ご飯を食べて、駅までは朝日を浴びて歩きながら好きな音楽を聴く。

そうすると「今日は少し目覚めが悪いな」と思う朝でも、自然と気持ちが戻ってくるようになりました。

行動を継続していると、その効果を実感できて、また継続する力となり、習慣化につながっていく。後に知ったことですが、これって「行動活性化」という確立された治療法なんですね。

まぁ、頭でっかちな私としては、そんな難しいことを知る前にまず体感して、心からその効果を実感できたことが良かったのかと思います。

 

うつ病を経験したことで 働き方、生き方が変わった

無事にうつ病を克服して復職を果たしたものの、同期よりも出世が遅れ、給料も低くなりました。やはりそれなりにショックでしたが、復職前のプログラムで想定していた範囲内ではありました。

ただ、ストレス対処はしておこうと、リヴァトレで学んだ「自分だけでため込まない」ということを思い出し、実践。

落ち込んでいる自分の気持ちを妻に正直に話したところ、「生活出来ない給料じゃないし、別にいいんじゃないの」と言ってくれました。

うつ病になって休職を経験した後のほうが、夫婦間で深い話をできるようになったように思います。

今後の仕事については、遅れた分を取り戻そうとは思っていませんし、取り戻せるほど甘い世界でもありません。それよりも、いま心がけているのは「3度目の休職はしない」ということ。

「前のような働き方や、仕事で認められることだけが自分の価値であると思い込むこと・人と比べること」は、もうやめようと考えています。

出世や高い給料のためばかりにエネルギーを注ぐんじゃなく、自分がやりたいことや、楽しいと感じることに時間を使う。

そんなふうにして人生を貪欲に楽しみたいと、いまは思っています。

 

苦しいのは自分だけじゃない 適切な治療と対処法でやり直せる

実は休職中のある朝、兄弟の一人から「マジで病んでいる」とメールが来たんです。弟もそれなりに出世し、土日も休まず働いているような状態でした。

「四六時中仕事のことが頭を離れず、希死念慮もある」とのことだったので、いますぐ帰宅して専門医の診察を受けるようにアドバイスしました。 私はうつ病で休職していることを話していませんでしたから、兄弟の中でも私に連絡してきたのは全くの偶然でした。

弟は「休職すれば会社をクビになる」と悲観的になっていました。

私はまず、自分の近況を包み隠さず話し

「会社なら他にもある。それに自分の会社にはうつで休職してもクビにならない人なんていっぱいいる。仮に会社を辞めても、健康なら何をしてでも生きていけるから、まずは身体の調子を取り戻すことだけに専念するように」

と強く伝えました。

自分にうつ病の経験がなかったら、ここまでキッパリとアドバイスできなかったと思います。自分自身がうつ病を克服した経験があるからこそ、適切で説得力のあるアドバイスができたのでしょう。

彼はその日のうちにクリニックで「うつ病」と診断され、すぐに休職するよう勧める診断書が出ました。後日談ですが、弟は3か月の休職を経てうつ病を克服し、元気に職場復帰しました。休職しても解雇にはならず、むしろ他の社員が『今後の働き方や労働環境』に配慮してくれたそうです。

振り返って考えてみると、弟はうつ病の影響で「休めばクビになる」と必要以上に悲観的な考えになっていたのかもしれません。いまはケロリとしています(笑)。

以前の私は「こうじゃなきゃダメだ」「こんな自分はダメだ」「自分だけ苦しいんだ」と思っていました。しかし、リヴァトレを通じて、同じようなことを経験して悩んでいる人はたくさんいるのだと分かりました。

いまは自分に対しても、自分の生き方に対しても緩くていいのかなと思います。

「人生なんて思い描いたとおりにはならないもの」と思い、その都度起こったことにできる対応をしていけばいいんだ、と思えます。

うつ病は再発する可能性のある病気ですが、うまくコントロールしていくことが大切。自分の特徴の1つと捉えて、付き合っていける病気だと思っています。

過去にうつ病を経験したことをオープンに話せる人はだいぶ増えてきたものの、いま現在、うつ病を患っているということを公にするのはやはり抵抗もあるし、相手によっては言えません。

それでも私は、うつ病は普通の病気だと思っています。

適切な治療を受けて対処法を身につけていけば、克服できる。そういう人はたくさんいるわけですから。

だからうつ病であること(あったこと)を恥ずかしがることはないし、引け目を感じたりする必要もないと思っています。

最後に「うつ病は心の風邪」という言葉をよく聞きますが、それは“風邪みたいな軽い病気だからすぐに治るよ”という意味ではなく、「風邪は万病のもと」というように“こじらせるとやっかいな病気だ”という意味じゃないかと最近思うようになりました。

もしもうつ病にかかったら、少しでも早く、専門医の適切な治療を受けることが重要なのだと思っています。

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この記事を書いた人
伊藤 崇 株式会社リヴァ 代表取締役

1978年宮城県生まれ。大手システム会社でエンジニアとして勤務後、障害者就労支援会社に転職。多くのうつ病患者を生み出す企業や社会への疑問と関心から2010年8月にリヴァを設立、現在に至る。

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