第5回となる今回は、福井県からムラカラの利用に来られたEさんへのインタビューです。双極性障害を抱えながら社会復帰することに行き詰まりを感じていたEさんが、ムラカラを10か月、リヴァトレを1か月利用してどのような変化があったのか、伺いました。
目次
ムラカラを利用する前の生活
私は2020年の10月頃から休職していました。それまで、きちんとした双極性障害の治療を継続して受けることができていませんでした。一時期、服薬もしていたのですが、自分が良くなっている気がせず自己判断で飲むことを止めてしまい、さらに症状を悪化させてしまったこともありました。
コロナ禍で緊急事態宣言が出たころからさらに体調が悪化し、日常生活が立ち行かなくなってしまい休職しました。住んでいた家も引き払い、実家に帰りました。
休職してから実家近くの精神科に通院するようになりましたが、それ以外は何をすることもなく、抑うつ状態の時はひたすら横になるか、躁状態の時は趣味にのめり込むといった生活を繰り返していました。 自分の体調のコントロールの仕方もわかっていなかったので、今思うと双極性障害を悪化させるような生活でした。服薬は続けて、そのまま1年くらい過ごしました。
しかし、こうした生活を続けていても自分が良くなっているという実感が全くなく、薬を飲む以外の対処法も知らずにいたので、この先治るイメージを持てずにいました。
その頃からSNS上で、双極性障害で同じように悩んでいる方が大勢いることを知りました。今まで他の当事者の話を聞いて、双極性障害の理解を深めようとしたことがありませんでしたので、自分から「今よりも前に進みたい」と考えるようになりました。
ムラカラを知った経緯、どんな気持ちで探していたか?
ムラカラに行く直前の頃は、毎日早朝覚醒していて、それでも「とりあえず朝の6時まではベッドに横になっている」という状態でした。そうして朝ベッドでX(旧Twitter)を見ていた時、たまたまリヴァトレスタッフの松浦さん(現双極事業部長)のツイートを見ました。ちょうど松浦さんが「ムラカラに行ってきました!」という内容で、それをきっかけにムラカラという施設があることを知りました。
私はずっと家族のもとでのストレスがあり、実家にいること自体に負担を感じてしまう状態だったのですが、他に行き場所がないのでいるしかないという状況でした。なので、ムラカラに行くことで、実家を出るきっかけになるのではと考えました。「実家でないところで生活ができるんだ」ということがその時の自分の救いでした。
ツイートを見つけたその日のうちに「あ、これだ!」と思って、直ちにムラカラに問い合わせメールを送ったところ、ムラカラスタッフの森田さんがすぐに返信をくださったのを覚えています。その後数回Zoomでやり取りしてから体験に行きました。
利用の決め手と不安だったことは?
もともと「リワーク(※1)」という制度については、主治医から話を聞いてはいたものの自分の選択肢として考えておらず、ほどんど知らない状態でしたので、薬物治療以外でようやく見つけられた新たな選択肢でした。
実家から出て過ごすことができて、しかも病気のサポートもしてくれるということで、体験に行く前からムラカラを使いたいという気持ちはほとんど決まっていました。
最終的に利用の決め手となったのは、体験に行ったときの出来事です。 自分は双極性障害やうつ病の方と話すのが初めてだったこともあり、ムラカラの利用者さん達とたくさんお話をして、私の事情を「わかる、わかる」と言ってもらえたのがとても嬉しかったです。
またそのころ、摂食障害もひどくなっていて、あまりご飯が食べられなかったのですが、1年ぶりくらいに皆さんと一緒に作ったご飯を食べ、「美味しい」と涙が止まらなくなったのが、すごく救いになりました。行って良かったなと、今でも忘れられない体験です。
利用にあたって不安だったのは、ムラカラにどういう人がいるのかわからなかったことです。そもそも双極やうつの人と会うこと自体、未知の体験だったので、一緒に生活する上でどんな人達なのかどうかが不安でした。実際にお会いしたら明るく気さくにお話しできた人ばかりだったので、その不安は体験利用の時に払拭できました。
※1 リワーク:return to workの略語。主に精神疾患が原因で休職している方を対象に、職場への円滑な復帰のためにリハビリテーションとして行われるプログラムのこと。
ムラカラで印象的だったこと
ムラカラを利用して、「本当に生まれ変わったように、今までと違う生き方ができるようになった」と感じられました。
特に印象的だったのは、マインドフルネス(※2)のプログラムだと思います。今までは過去の体調の悪い時の事を考えると、それに引きずられて辛い所から抜け出せなかったところ、「今の状態」に立ち返ることで抜け出せることを学べました。
またムラカラで活動していく中で、「もうこれ以上頑張れない」という状況になってしまい、数か月プログラムにも参加できず、何もできないという時期がありました。 この時、「何もしないこと」を許してもらえる環境だったことが印象的でした。自分に対して「○○をしなければいけない」とか、「もっとこうしなければいけない」といった考えを押し付けられることもなく、何もできない自分を周りの人やスタッフさんが受け入れてくれました。
自分の内側で「何かをしたい」という気持ちがしっかりと育つまで、体調が悪い時はずっと横にならせてもらったりしていました。
これを私は「ムラカラ特権」と言っていたのですが、「活動しなければならない」のではなく、「活動をしなくてもよい」という環境に身を置かせてもらえたことが、自分を許せるようになるきっかけになったと思います。
その後、少しずつプログラムに参加できるようになりました。 そうしているうちに、初めてうつでも躁でもなく、自分が今「あ、穏やかだな」と感じられる瞬間があり、それが変化を感じる転機になりました。「普通に生きている」という感覚を味わえたことが自分の中で大きかったので、そこから参加できる日はプログラムに参加して、できることをやればいいと考えて取り組みました。
※2マインドフルネス:マインドフルネス瞑想のこと。「怒りや不安などから距離をとった中立的な物事の捉え方」に思考をシフトすることを目的とする瞑想法
ムラカラ利用で得られた変化
ムラカラの利用前は、ちょっとした失敗を「やってしまった」と思って焦ったり、何かと 自分を過小評価したり、必要以上に自責の念が出て対人恐怖のような状態になってしまうといったことがありました。
それがムラカラで学んだマインドフルネスで、実生活の中で少しずつ自分を客観視できるようになりました。そのため、ちょっとした失敗を「じゃあ今どういう状況なんだろう」と一歩引いて見て、「ああ、たいしたことない。こういう風に対応すればいいんだ」と考えられるようになり、ひとつずつ対処する事で、安定して仕事や日常生活を送れるようになっています。
私はもともと躁の時に、何でもやりたいことをどんどん進めてしまうところがあったのですが、ムラカラで「淡々と少しずつやっていく」ということをスタッフさんから繰り返し言っていただき、それを心がけることができるようになりました。 淡々とやる為に意識していることとしては、私はムラカラにいる時から日記を書いていたのですが、今は「5年日記」を書いています。これは5年分の一日の記録を縦に並べて書ける日記帳で、それをコツコツ続けていると、去年の今頃は「こんな事をがんばっていたんだ」と気付けるようになりました。
辛いことがあっても淡々と過ごすといったことを、コツコツ日記に書いて意識しています。
ムラカラ卒業間近の過ごし方
復職の時期が決まった時には、本当に仕事に戻れるのかと不安な気持ちも正直ありましたが、これまでのムラカラでの積み重ねで「うつにも躁にも飲み込まれない」という経験をしてきたので、それをもとに職場でもやっていけそうかなと思い、復職期限のギリギリでムラカラ卒業を決断しました。復職への不安はありつつ、新しい環境に身を置くことへの希望も出てきました。新しいステップに行きたいという気持ちが強かったですね。中でも、マインドフルネスは大きな支えになり、不安を乗り越えられそうだと思いました。
ムラカラにいる間、「何もやらない期間」をしっかり設けられたので、「何か活動したい!」という意欲も出てきたんだろうなと思います。焦って「次に進まないと」という気持ちもありませんでした。 いつ復職するかを事前にスタッフとも相談できていたので、少しずつ次のステップに移るイメージを作っていくことができたと思います。
最終的にムラカラの卒業を決断できたことは、自分の中での大きな収穫だったと思います。
復職への仕上げ(リヴァトレ御茶ノ水センターの活用)
復職する前、1か月ほど東京でリヴァトレ御茶ノ水センター(※3)を利用しました。 リヴァトレのセンターにも通ったことは本当に良かったと思っています。プログラムとしては、ムラカラの延長線の内容もありつつ、よりビジネス向けのプログラムもあり、それが良い刺激になりました。 今まで信頼していたムラカラスタッフのサポートも受けつつ、東京のリヴァトレにも通うことができ、復職に向けてのワンクッションを挟むことができたと思います。
自宅からセンターへの通所も、通勤訓練や体力アップのトレーニングになりました。またムラカラ以上に、転職や復職を身近に捉えている利用者さんと触れ合えたのも良かったですね。皆さん気さくに話しかけてくださって、もっとリヴァトレのプログラムに参加したいなと思えました。
急にムラカラから出て復職するとなるとギャップが大きかったと思うので、リヴァトレを合間に挟めたことが、復職への不安を減らすことにつながりました。
※3:リヴァトレ御茶ノ水センター:ムラカラを運営している(株)リヴァが東京に設置している4つのリワークセンターのひとつ。
今後、どのような取り組みをしていきたいか?
復職してから、上司や周りの理解もいただいて、焦らず少しずつ仕事をしています。少し前に組織改編があったので、改編以降はフルタイム勤務にして、仕事も自分に振ってもらって大丈夫ですと上司に伝えました。 半年間、ブレーキをかけつつ仕事をしていましたが、今はアクセルを踏みつつ、自分の双極をコントロールしながら仕事をしていきたい、と考えています。
復職した時点から「もっといろんなことやりたい」という気持ちがあったのですが、その気持ちを大事にしながら、気持ちを暴走させないようコントロールしつつ、仕事を楽しみたいと思います。
ムラカラ・リヴァトレで学んだコーピングシートワーク(※4)の考え方も活用していけると思います。今はワークで使ったシート自体は見ていないのですが、自分の中ではコーピングの考え方がずっと生きています。シートを書く時、今が気持ちが上がり気味だとか、うつっぽいなというのを自分で色分けしていたのですが、それを応用して、日記を書くときにマーカーで気持ちに関する文章を色分けして、一か月分の自分の状態を把握しやすくしています。
※4:コーピングシートワーク:ムラカラ・リヴァトレで行われているリワークプログラムのひとつ。シートを使って、自分自身の疾病の症状やストレスに対する反応を段階ごとに分析し、対処方法を明確化していくプログラム。
今後ムラカラ利用を検討されている方へのメッセージ
ムラカラが無かったら、今もただ横になってるだけの生活をしていて、復職どころか仕事をやらなければいけないという焦りに囚われていたかもしれません。私自身はムラカラに行って、本当に命を救われたように感じています。
もし「少しでも今と何か変わりたい」とムラカラに興味を持っているのであれば、一度体験してみてほしいですね。来てもらったら、きっとここが好きになると思います。「安心できる場所と信頼できる人がここにあるんだよ」ということを伝えたいです。
私はそれまで安心できる場所も信頼できる人もいなかったので、ムラカラが大きく人生を変えてくれたと感じています。
最後に担当スタッフ(青木)より
Eさんは、「ねばならない」という観念が強く、利用の仕方にもそれは現れていたように思います。利用の前半は精力的にプログラムに参加し、その後力尽きるように動けなくなってしまいました。そして、そんな自分自身にNOを突き付けているように見受けられました。おそらく、これらの行動や心の動きは、Eさんのこれまでのパターンだったのかもしれません。ご本人が話されているように、何もしない日を設けることをしていく訳ですが、これは当初、ご本人の中では違和感しかない取り組みだったのではと思います。何もしないことを許すこと。周りがというよりも、自分自身に本当の意味で許しを与えることは簡単ではありません。誰かの物差しではなく、自分の物差しで判断して、そして少しでも自分を大切に扱えるようになること。そのために、日々自分自身と向き合うEさんを見てきました。きっと、この経験はこれからもEさんの人生に役立つのではと感じています。本当によく頑張られたなと思いますし、私たちも勇気をもらえました。これからも大変なことはあると思うのですが、自分を大切に、Eさんらしく、一歩一歩進んでいって欲しいと思います。
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ムラカラ利用者インタビュー-------------------------------------------------------------------------------------------------------
宿泊型転地療養サービス「ムラカラ」
自然豊かな奈良県下北山村にあるシェアハウスでの生活や、メンタルケアのプロによるサポートにより疾病と向き合い、より自分らしい人生へと踏み出すためのサービス。リワークサービスなどを手掛ける株式会社リヴァが運営。
(https://liva.co.jp/service/murakara)
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生活支援員 臨床心理士/公認心理師
1985年東京都生まれ。
世田谷区の教育相談員→民間企業の治験コーディネーターを経て、2021年に株式会社リヴァに入社。
森田療法を基にした相談支援を行っている。趣味はコーヒーのハンドドリップ。