生産年齢人口の減少などを背景に人材確保の重要性が増す中、日本の企業ではいま「メンタルヘルス対策」が大きな課題となっています。企業で人事を担当する人はこの課題をどう捉え、どんな対策を行っているのでしょうか。物林株式会社の漆原幹郎氏に、リヴァの青木弘達が聞きました。
物林株式会社 管理本部 総務経理部 部長 漆原幹郎さん
目次
社員からの相談で気付いた
メンタルヘルス対策の重要性
青木 漆原さんと最初にお目にかかったのは、もう6年前になりますね。
漆原 ええ、社員から「うつからの復職にリワークが効果的だと聞いたが、どこも定員が埋まっていて困っている」と相談されたので、インターネットで見つけたリヴァトレを見学しに行ったんです。人事の仕事を担当したばかりだった僕はメンタルヘルスに関する知識をほとんど持っていなくて、リワークというものが存在することすら知りませんでした。
青木 あの頃はまだ、休職者の復帰を支援する社会資源が少なかったですからね。現在の半分もなかったと思います。
漆原 見学してみて、ストレスへの対処法が学べることなど、利用する意義がよく理解できました。そこで相談してきた社員に紹介する一方、若手社員を対象としたコミュニケーションスキルを高めるための研修や、メンタルヘルス不調の社員をサポートするためのガイドラインづくりもリヴァさんにお願いしました。
青木 メンタルヘルス対策を後回しにする企業も少なくない中、うわべの体裁を整えるだけでなく、社員を支えるための体制づくりに真剣に取り組む漆原さんの姿勢には感銘を受けました。そこで私は「物林さんならではのガイドラインをつくろう」と会社へ伺い、現場の様子を細かくヒアリングしていったんです。
漆原 研修の導入やガイドラインの整備は制度面での対策ですが、その一方で、採用するときに会社とマッチする人を入念に見極めるなど、制度の運用においても様々な工夫を心がけています。
研修で生まれる参加者の絆
リワークの“目的化”に注意を
青木 御社のお仕事には特殊なものもあるようですね。
漆原 例えば長い間建設現場に常駐したり、山林調査で山に入ったり、木材を仕入するために長期間海外に出張するような仕事もあります。一般的な感覚で考えれば大変かもしれませんが、それが性に合って楽しめる人なら、さほど苦にならない。そう考えると、メンタルを健やかに保つ上で一番大事なのは、好きな仕事、向いている仕事に就くことなんじゃないでしょうか。
青木 そうですね。でも、好きな仕事かどうかって、実際に働いてみるまではなかなか分かりにくかったりします。
漆原 当社でいうと、学生時代に林学を学んだ人は山に近い職場の方がイキイキと働けますし、造園系の学問を専攻してきた人は公園関係の現場で活躍しやすい。そういった適性を考えながら採用して、配属を決めています。事業に直結しない勉強をしてきた文系の学生の場合はそうはいかないので、「人とのつながりを求めるタイプだから営業に向いているな」といったふうに、各人の性格や考え方の特徴を勘案して判断するようにしています。
青木 会社側が適材適所の人員配置を行うことは、メンタルヘルス対策としては「予防」に当たる、とても重要なことです。一方で、雇用される側も会社との相性を慎重に見極める必要がありますよね。ところで漆原さんは、リヴァによる若手社員向け研修について、どんなことを期待されていますか?
漆原 最初は「メンタルの強化・しなやかさにつながればいい」と思っていたんです。でも最近は「研修を受けただけでは、人は変わらないんじゃないか」と思うようになってきました。知識は与えられても、その奥にある心まで変えることは、なかなか難しいですよ。
青木 本当にその通りですね。
漆原 だからいまは、研修で“ビジネスの世界で使える武器”を身に付けてもらい、社員が自分自身を守れるようになってくれればいいと考えています。あと研修の様子を見ていると、参加している若者たちは自然と支え合うようになり、絆が育まれていくみたいなんですよね。内容も大切ですが、つらいときにケアしてくれたり、共感してくれたりする仲間ができるということこそが大事なのかもしれません。
青木 なるほど。リワークについては、どのように評価されていますか?
漆原 リワークの利用についても「何かが劇的に変わる」ということは期待していません。何か月も休職して家にいた人が、職場に戻ってすぐに働くのはなかなか難しいですから、徐々に慣らしていくために役立つと考えています。ただ、会社から利用を強く勧められた場合、リワークを利用することが目的化してしまう場合もある。「リワークを利用しないと復職させてもらえない」「すぐにリワークをしないとダメなんだ」と考えてしまうんです。
青木 それは本末転倒ですね。
漆原 ですから、社員が休職することになっても、リワークの利用を強く勧めることはしません。まず本人がどういうプロセスでの復職を目指すのか意見を聞いて、必要だと考えれば紹介します。
青木 実際にリワークを利用した社員さんの様子はいかがでしたか?
漆原 地方の拠点で働くある社員が現地のリワークを利用したんですけど、彼は半年くらい通った頃から、すごく焦っているようでした。一生懸命に取り組むものの、体調的に丸1日のプログラムをこなせなくて、さらに焦ってしまう。僕としては「一生懸命やりすぎなんじゃない?」と言うんだけど、東京から電話で話していたこともあって、こちらの話はなかなか聞き入れてもらえない。そうこうするうちにリワークの利用を終えて復職したものの、結局うつが再発してしまいました。
青木 頑張りすぎるタイプの方は、セーブすることが大切なんですよね。その背景にある性格や考え方の癖を自分で認識してコントロールしないと、同じような形で行き詰まってしまう。それに休職している人は、会社を辞めた人と違って“戻る場所”がある分、余計に焦ってしまうケースも見られます。ちなみに漆原さんがもしうつで休職したら、復職を目指しますか?
漆原 うーん、焦って復職を目指すよりも、まずはメンタルヘルスを崩した原因含めて、いま一度自分のことをよく振り返りたいですね。
青木 そういう考え方も“有り”だと思います。リワークは「復職前提のサービス」だとイメージされるかもしれませんが、合わない職場に無理やり戻っても、なかなかうまくはいきません。仮にこれまでの生き方、働き方が上手くいかなかったのだとしたら、より自分らしく生きられる道を見つけて、再出発しても構わない。リワークはそのために自分を見つめ直したり、準備をしたりする場であってもいいのかなと、私たちは考えています。
復職した後は「普通の人」に
重要なのは原因分析と対処法
青木 私は「復職してからが本番」と考えているので、将来的には、復職後もサポートさせてもらうサービスを展開してみたいと思っています。例えば、先ほど話題に挙がったリワークで頑張りすぎる人はたいてい会社でも頑張り過ぎてしまうので、働き方のコントロールをお手伝いしたり。漆原さんとしてはどう思われますか?
漆原 当事者が求めるなら、そうしたサービスがあってもいいでしょうね。心のオアシス的な場があれば救われることもあるでしょうし。その支援は個人に向けたものを想定しているんですか?
青木 個別にケアするのと、定期的に集まる復帰者のコミュニティーみたいなものの、両方を視野に入れています。個別のケアに関しては、できれば会社の方々ともやり取りをしたいなと思っています。
漆原 うーん、現実的なことを考えると「職場には深入りしない方がいいかもな」という気もしますね。周りから過剰にケアされて特別扱いされると、本人が職場で後ろめたさを感じる可能性もありますから。
青木 なるほど。良かれと思ってやっていることが、ありがた迷惑になる、と。
漆原 職場に戻ってきた社員は「普通の人」として扱われることが一番なんじゃないかと思うんです。もちろん、苦しい時に相談できる場所があった方がいいでしょうから、必要に応じてリワーク施設を訪ねる、そしてまた翌日には職場で頑張る。そんなことを繰り返しているうちに考え方が変わってやがて完全に復帰する…というのが理想的なのかもしれません。
青木 リワークを経て復職された方の配置はどのようにされていますか?
漆原 まずは本人の希望を聞きますが、不思議なことに、たいてい「休職前と同じ部署で働きたい」と言うんですよ。もしかしたら、異動することに負い目を感じたり、敗北感を覚えたりするのかもしれません。そんなふうに考える必要は全くないんですけどね。
青木 うつなどを患った原因をしっかり分析できていて、対処法も見出せているのであれば、元いた職場で問題ないと思います。でも意地や周囲への気兼ねで元いた職場へ戻ると、同じことを繰り返さないか、少し心配ですね。
自分も他者も大切にして
失敗を許し合える職場づくりを
青木 健やかに働ける職場をつくるために、どんなことを心がければよいと思いますか?
漆原 まずはみんなが、自分自身を大切にすることではないでしょうか。これは、他者を大切にすることにつながりますから。
青木 なるほど、仰る通りだと思います。
漆原 そして互いを尊重し合い、失敗した人を必要以上に責めないことも心がけたいですね。当然ながら間違いを目にしたら、相手のためにも「これは間違いだよ」と言うべきでしょう。だけど、それで終わり。気にしすぎない、気にさせない。そういう環境づくりをすべきだと思います。
青木 漆原さんをはじめ、企業で人事を担当する方々は、社員さんのことを本気で思って、いろいろ苦労しながら制度づくりやサポートに取り組んでいらっしゃいます。私たちとしては、生き方や働き方の見直しに関するサポートなど、第三者だからできる支援を提供しつつ、皆さんがそれぞれに自分らしい幸せにたどり着けるよう、お手伝いしていければ幸いです。今日はありがとうございました。
1977年三重県生まれ。銀行→広告会社→うつ(リヴァトレ利用)→広告制作会社(現在)。消費者のためになった広告コンクール、新聞広告賞、宣伝会議賞等を受賞。一児の父。
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