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リヴァトレ体験談

< 読者の皆様へ > 「うつ・リヴァトレ体験談」には、うつを経験された方の生い立ちや、
その後のつらい経験に関する表現が含まれている場合があります。
ご自身の体験を思い出して心に負担を感じられる心配がある方は閲覧をお控えください。

また、記事に登場する各種の治療法については株式会社リヴァが提供するものではなく、
それらの効果・効能については一切責任を負うことはできません。
お問い合わせにも対応致しかねますのでご了承ください。

2018.12.14

診断名がうつ病から双極性障害へ。疾病について学んでいくことで変われた自分 ー 40代男性

リヴァトレ市ヶ谷を利用された40代男性にお話を伺いました。

職場の人間関係がきっかけでうつ病を発症

うつ病を発症したきっかけは、前職での人間関係でした。

元々仕事で納得いかないことがあれば率直に意見を言うタイプですが、それまでの職場では特に問題に発展したことはなかったんです。

しかし、前職では自分の言動が元で上司と口論になることもあり、仕事で関わる人がみんな敵に見えてしまう状態でした。

さらに、過去に経験したことがない大きな規模の仕事を任され、一人で仕事を抱えこむように。食欲が無くなって、眠りも浅くなり、たくさんお酒を飲んでも3、4時には目が覚めてしまう日が続きました。

心配してくれた職場の方に勧められて病院へ行ったところ、「うつ病」と診断されて1年間休職することになったんです。

復職後の絶好調から再び急変

復職してから半年ほど、リハビリのために時短勤務をしました。

幸い、以前揉めた職場の人との関係が修復できて信頼関係も回復。復職から1年後には、プロジェクトも任されるようになりました。

休職のブランクを埋められるような気がして、次々と業務をこなす毎日。

元々の完璧主義な性格も後押しして、始業の2時間前から職場に行って準備をしたり、自ら手を挙げて積極的に講習や研修に参加するようになりました。その時は自分も周りもすっかり元気になったものと思っていましたね。

ところが、部下の指導も任されるようになった復職から2年後の秋、背中に痛みを感じるなどの不調が表れるようになったんです。

急に何をやるにも不安を感じるようになり、坂道を転がるように気分が落ちていきました。

年が明けた頃には体を動かすのもやっとの状態。それにも関わらず仕事を続け、春先にはベッドからも出られなくなりました。

やがて会社と連絡を取ることすらも嫌になり、4月に退職することにしたのです。

転院先で判明した「双極性障害」

退職後、主治医の勧めに従ってリワークのある別のクリニックに転院しました。

そちらで色々な検査をしたところ、「うつ病」ではなく「双極性障害(II型)」と診断されたんです。

疾病に対するアプローチや服薬する薬が全く違うことも知り、大きなショックを受けました。

今までの診断や処方された薬は何だったのかという悔しさがこみ上げる一方で、適切な治療を受ければ良くなるかもしれないと、希望の光も見えました。

それ以降は主治医のアドバイスに従って体調を整えることに専念し、体調が安定してきた7か月後から、クリニック併設のリワーク施設に通い始めました。

久しぶりに色々な人と話をできたこともあり、しばらくは心地よく時間を過ごしていたのですが、リワークはあくまでも休職者を対象とするトレーニングの場所。

「自分のように再就職を目指す人は一体どうしたらいいのだろう」と不安に襲われました。

そこでリワーク施設の担当者に相談し、紹介された就労支援施設のリヴァトレ市ヶ谷に体験を申し込んだんです。

疾病について学ぶにつれて気分が穏やかに

リヴァトレの体験プログラムは通っていた施設よりも負荷が高く、当時の自分に必要な環境だと思えたため、施設を移ることにしました。

最初に受けたのは「疾病理解」という双極性障害の症状や対処方法を学ぶプログラム

ある人が「気分が上がったサインに気づいたら抑える工夫をする」という対処法を挙げているのを見たとき、私は「上がっている分には問題がないんじゃないか」と思いました。

しかし、プログラムを通じて、双極性障害は「急激にやってくるハイテンションの波を小さく抑えること」が対処のカギだと知りました。

また、プログラムに集中し過ぎていつまでもプレゼン資料を作り続けていた際には、スタッフの方から「今、活動しすぎていない?」と指摘を受けて、自分が躁状態でやり過ぎていることに気づけました。

そして、自分のコンディションを記録や数値などで可視化するプログラムを受けたあたりから、だんだん気分が落ち着いてきたように思います。

得体の知れなかった双極性障害の全貌が見えてきたことで、安心できるようになったんでしょうね。

周りの人のやさしさが自分を変えた

いま振り返ると、20代の頃は周りの人に対してすごくアグレッシブに接していたように思います。

自分に自信があったせいか、少し上からものを見ているようなところもありました。ちょっと嫌な奴だったかもしれません。

でも、リヴァトレに通い始めてから、休職や退職を繰り返した自分にも従来と変わらず接してくれた両親やパートナー、友人のありがたさに気づき、感謝の気持ちが芽生えました。周囲の人々への自分の対応も、大分変わったなと感じます。

昔は気が合わない人とは絶対に話さない主義だったのですが、リヴァトレでは色々な人の話が聞けるようになり、最終的には同じセンターの利用者全員と話すことができました。

周りの人から受けたやさしさが、私を変えてくれたのかも知れません。

「正しい理解」こそが不安解消への近道

今後は穏やかでフラットな心の状態を維持したいですね。良いことも悪いことも「ほどほど」というような調子の良さを継続していければと思います。

病気になったばかりの頃、私が無性に不安を感じていたのは、きっと自分の疾病を良く理解していなかったからでしょう。

人によって症状が違いますので、自分ならではの傾向を探り当てて理解することができれば、不安はきっと解消されると思います。

また、以前は「病気を完全に治したい、消したい」という発想でしたし、疾病が本当に憎いと感じていました。

でもいまでは、自分の気分をうまくコントロールし、服薬を続けながら社会生活を送る必要があると理解しています。

それに、疾病も自分の個性として認めたいと思えるようになりましたね。

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