【うつ体験談】うつ病を経験したからこそ今の自分がいるー30代 男性(1/3) (『「うつ」で見つけた自分らしい人生』より)

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リヴァでは「近くにリヴァトレセンターがない方にも、うつから復帰するためのヒントをお伝えしたい」という思いから、2014年に『「うつ」で見つけた自分らしい人生』(日本法令)という本を刊行しました。

その『「うつ」で〜』の中から、独力でうつ病から復帰された方の事例をご紹介します。

人間関係が要因で「うつ病」に 唯一の安心できる場所はトイレだった

約10年前、IT系企業での勤務中にうつ病を発症。
仕事に対するプレッシャー、上司とのコミュニケーション・人間関係が要因です。完璧にこなさなきゃ、周りの期待にこたえなきゃ、1人で解決しなきゃと思い抱え込んでいました。

上司への報連相もメールが中心という環境、上司は隣に座っていても自分にとって遠い存在でした。常に多忙な上司や先輩との距離感を埋められないまま、時間だけが過ぎていきました。

与えられた課題をこなそうと自分なりに解決を試みたのですが、うまくいかず、未達成の状態が続きました。そんな中、同期の女性が課題をクリアし、焦りや劣等感が増長していきました。

部署配属時は人事部から期待を受けていただけに、いつのまにか追い越されてしまっていることへの卑屈や現場で力が出せない自分への情けなさを感じました。

課題をクリアできないことを上司に相談するも解決策がなかなか見いだせず、「仕事が出来ない人間と思われているはず」、と思い込み、職場での居づらさを感じ、トイレだけが唯一の安心できる場所になっていきました。身体も疲労のサインを出し続け椎間板ヘルニアを発症しました。

途中部署異動がありましたが心身の状況は変わらず、人事の勧めで会社契約のカウンセリングルームへ行くことになりました。

上司にカウンセリングルームに行っていることを話すと、「そんなところに行っても仕方ないんじゃないの?」と必要性を疑われ、いったい誰に救いを求めれば良いか分からなくなり、さらに、上司との距離が生じていきました。

カウンセリングの末、心療内科を紹介され、受診しました。医師からも「すぐ休んだ方がいい」と休職を勧められ、少しでも身体が楽になるならと思い、翌日から休職に入りました。

 

休職するも不安や焦りは増すばかり そのまま休職期間満了へ

休養最優先という治療方針のもとでしたので、薬の服用で当初はとにかく寝て過ごす日々で、副作用から便秘や口の渇きに悩み、医師にも相談しました。

両親の世代からすると、精神系の薬というと「飲んでも大丈夫?」と随分心配されましたが、自分自身は服薬の抵抗感は無かったです。

休職することにたいしても最初は罪悪感や引け目から、とにかく辛く、物悲しく感じていました。中学生から朝刊を読む習慣があったが、新聞の文字が頭に入って来ず、ゲームを買うもぜんぜん楽しめず。趣味の落語を聞いてみても笑えず、何もかもが無味乾燥でした。

それまで自分が心の病気になるとは微塵も思ってもみなかったですから。まさか自分がという感じでした。

薬によって寝る時間も多くなり、家で休養しながらもみんなで働いているのに自分だけゴロゴロしていていいのか?かといって、身体はしんどくて動かないというにっちもさっちもいかない状況に不安や焦りを感じていました。

カウンセリングルームへ行く道すがら、通り過ぎるサラリーマンのバッチ(社章)が気になり、自分だけ社会から取り残されているような気持ちにもなりました。

カウンセリングを受けるも、なかなか白黒思考(※1)、すべき思考(※2)が和らぎませんでした。カウンセラーに「会社の味方なのか?自分の味方なのか?」という困る質問もしていました。とはいえ、人に話すことで自分の思考は整理され始めていたのですが、会社契約のカウンセリング機関だったので、残念ながら休職期間満了とともに終了となりました。

※1 白黒思考(全か無か思考)
物事を白か黒か、全か無かで極端に考える
(例)「ミスが1つでもあれば、全部失敗したも同然だ」

※2 すべき思考
物事が「どうあるか」をとらえるのではなく、「~すべき」「~してはいけない」という視点から考える
(例)「どんなにきつくても、仕事はきちんとするべきだ」

…さて、この状況からどうやって復帰に向かったのでしょうか?

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