「アトピー性皮膚炎を抱えて生きる人々の世界を変えたい」とNPO法人「アトピーを良くしたい」を設立した横井謙太郎さん(写真左)は、ご自身も幼い頃からアトピーに悩まされてきた当事者です。「100人のアトピーの人がいたとしたら、100通りのアトピーの良くなり方がある」と訴える横井さんが法人を設立するに至った並々ならぬ思いや数々のチャレンジについて、リヴァ代表の伊藤崇(同右)が聞きました。
NPO法人「アトピーを良くしたい」代表理事、株式会社「Yたす」代表取締役。 生まれつきアトピー性皮膚炎を患い、長年に渡り重度のアトピーを経験。自身の様々な努力によって現在は軽度の症状にまで改善した。2013年に同NPO法人を立ち上げる一方、20年近くにわたり不動産業界でも活躍。2017年に独立し、完全紹介制の不動産会社「Yたす」を設立。
目次
人生のどん底で決めた結婚が
劇的なアトピー改善のきっかけに
伊藤:横井さんはご自身もアトピー性皮膚炎を患っているそうですが、パッと見た感じでは全然分かりませんね。
横井:生まれてからずっと重度のアトピーに悩まされてきましたが、20代後半からかなり症状が回復して、悪化することはほとんどなくなりました。
伊藤:症状が良くなるまで結構大変だったんじゃないですか?
横井:幼い頃はステロイド剤の塗り薬を使っていたのである程度収まっていたのですが、ステロイド剤を長期にわたって使うことは良くないという社会の風潮や母親の考えもあり、小学生の時にステロイド剤の使用を止めたんですよ。そうしたら、一気に症状が悪化して。皮膚が硬くなって膝が伸ばせないので、足を「くの字」に曲げたまま歩いて学校に通ったり、家では歩くのもしんどいので這いながら動き回っていたことを思い出します。
伊藤:子どもながらにしんどかったでしょうね。
横井:高校生くらいまでは母親に従ってステロイド剤を使っていなかったのですが、心身共にきつくなって、大学生の時に自分の意志でステロイド剤を再び使い始めたんです。しばらくは症状が落ち着いたのですが、新卒で建築設計事務所に入社してからまたひどくなってしまいましたね。
伊藤:症状が悪くなってしまった要因は仕事ですか?
横井:建築設計事務所って仕事がハードだし、とにかく体がしんどいんですよ。やる気はあっても体がついていかなくて、結局は辞めざるを得ませんでした。その後、しばらくアルバイトをしながら一級建築士の資格取得を目指して勉強したんですが、結局受からなくて…。あの時は本当にどん底でした。でも、そんな時になぜか当時付き合っていた彼女(現在の奥さま)と結婚することになったんです。
伊藤:どん底の状態だったのに結婚を決めたんですか?
横井:彼女の方が僕より少し年上だったこともあり、「何歳までには結婚する」という目標があったようなんです。24歳でしたので初めは迷ったのですが、流れのままに結婚してみるかと思いました(笑)でも、ここで結婚を決めたことが、アトピーを劇的に良くする大きなターニングポイントになりました。
伊藤:ターニングポイントですか。
横井:半分ニートみたいな生活をしていたので、このままでは結婚しても奥さんを養うことができないし、ちゃんと働こうと思いました。働き続けるためにはアトピーをどうにかしなきゃいけないと覚悟を決め、母親から勧められたものを試すのでなく、自分の意志で積極的に色々な治療法に取り組むようになりました。
伊藤:一番効果的だったのは?
横井:いろいろなことを試しましたが、僕の場合は半身浴ですね。結婚後、25歳で再就職した不動産営業の会社でも夜遅くまで働いていたのですが、毎晩1時間半くらい半身浴をしました。1年半ほど続けたあたりから、ぐぐーっと肌の調子が上がってきたんです。今でもはっきりと覚えているのですが、ある朝「今日は熟睡できた!」って思って目覚めた瞬間があったんです。「熟睡するってこういうことだったんだ」って心の底から感動したんですよ。27年間、痒みでと痛みに苦しめられて、熟睡出来たことなんて一度もなかったので。
伊藤:1年半も半身浴を続けるって根気が要りますよね。他にも効果的な方法はありましたか?
横井:もうひとつは「アトピーブログ」を書いたことですね。肌の悪い状態を写真に撮ってブログに載せたり、体の部位の状態を「良い」「普通」「悪い」とスコア化して毎日情報を更新したんです。そのうち徐々に読者が増えてコメントも付くようになり、「アトピー性皮膚炎部門」で第1位を取るまでになりました。読者同士で何回かオフ会もやって、その時に初めて「インターネットという手段を使えば、リアルの世界でアトピーの人同士がつながることが出来るんだ」って実感しました。
伊藤:その時の経験がNPO法人の立ち上げと運営の原動力になっているんですね。
横井:アトピーが改善する感動を他の人にも味わってもらいたいし、自分の経験が他の人の役に立てるんじゃないかという想いだけでNPO法人の活動をやっています。アトピーになって良かったかと言われるとそれはまた別の話ですが、アトピーの当事者としてこの活動をしていなければ、今の自分はいなかったでしょうね。
面接時に社長に直談判
結果を出したら「新規事業を」
伊藤:NPO法人の立ち上げ前はどんなことをしていたのですか?
横井:29歳の時に不動産関連のポータルサイトを運営しているIT会社に転職し、7年ほどその会社で働きました。面接を受けた時、社長に自分のアトピーの経験を全部話して、「不動産事業で結果を残せたら、アトピーに関する新規事業を立ち上げさせてほしい」とお願いしたんです。幸いにもかなり売上を伸ばして、新規事業を始めることができました。
伊藤:新規事業はどのようなものだったんですか?
横井:携帯電話でアトピー有症者向けに月額300円でコンテンツやサービスを提供したんです。3年間頑張ったんですけど、結局採算が合わなくて事業を畳むことになり、会社も辞めました。
伊藤:どうして辞めてしまったんですか?
横井:すごくいい会社で、社長からも「失敗したくらいで辞めるな」って言われたんですが、その時アトピーに関すること以外にやりたいことが見つからなくて。それで、とりあえず今のNPO法人を立ち上げちゃったわけです。
伊藤:「とりあえず」ですか?
横井:先に「箱」を作って、その中で自分のやりたいことをやっていけばいいかなと。かつての上司が立ち上げた不動産買取再販業の会社で営業職をやりながら、NPO法人の活動も並行して進めることしたんです。
どんな方法でも良くなればいい
本人のやる気とモチベーションを支えていく
伊藤:NPO法人「アトピーを良くしたい」は、主にどんな活動をしているんですか?
横井:活動内容は大きく3つあって、ひとつはアトピー有症者 ※1 やそのご家族や兄弟、友人たちが集まってアトピーについて語り合う「アトピーサロン」の運営、ふたつ目は、カウンセラーとクライアントが1対1で行う「アトピーカウンセリング」、もうひとつは、アトピーの人がアトピーを良くして自分の夢を叶えるプロジェクト「Dream Wish(ドリーム・ウィッシュ)」です。
伊藤:アトピーサロンの運営はどのように?
横井:月に1回のペースで参加者10~15人が集まり、各々の症状について話しています。1回2時間半程度で、前半は自己紹介、後半はアトピーに関するワークショップです。ただ、自己紹介では自分のアトピー歴についても話すので、どうしても話が長くなり、ワークショップまではほとんど行きつきません。みんな話したいんですよ。アトピーなんてコンプレックスだし、外で話したところで理解されない世界なんで。でも、サロンに来ればみんな同じような状況だから、共感してもらえる。それだけで嬉しいんですよね。サロンの唯一のルールは「否定し合わないこと」で、それが守られていれば何を話してもOK。これまで6年間で70回ほど開催してきました。
伊藤:「否定し合わない」というのは何か理由があるんですか?
横井:アトピーは原因が特定できないケースが多く、今までありとあらゆるものを試してきたけど、良くなる決め手が見つからない人が本当に多いんです。ある人にとってはすごく有効な手法(薬、食事、入浴法など)であったとしても、他の人には全然効果がないことも結構あります。加えて、ネットの普及によって色々な手法に関する情報が世の中にあふれかえり、カオス状態になっている。僕は結果的にアトピーが良くなるのなら、どんな方法でもいいと思います。アトピーが良くなるための正解は1つではないんだということをサロンでは特に強調しています。
伊藤:どんな良くなり方があってもいい、という考え方なんですね。
横井:他の人が話していた手法を「自分も試してみたい」と思えば、試してみたらいいと思うんです。僕はアトピーを良くしたいという本人のモチベーションや姿勢が改善へのきっかけになると思っています。うまくいかなくて気持ちが折れることもありますが、また本人のモチベーションが上がるように、周りがどうサポートしていけるかが重要なんですよね。
伊藤:「アトピーカウンセリング」はどんな内容で?
横井:うちには一人、資格を持ったカウンセラーがいて、アトピー有症者(クライアント)と1対1で個別にカウンセリングを行います。クライアントは重症化していることで人前に出ることも出来ず、精神面においてより深刻な状況にいます。人によっても違いますが、1回1時間のカウンセリングを平均10回受けてもらい、8回目くらいのカウンセリングでアトピーサロンにも参加できるくらいに精神的にも回復して元気になってきますね。
伊藤:一般の心理カウンセリングとは違うのですか?
横井:うちのNPO法人のカウンセリングはアドラー心理学 ※2 やブリーフセラピー ※3 、家族療法なども取り入れた「未来思考型」の内容です。アトピーに関しては、過去のトラウマや原因について掘り下げることはあまり効果がないと考えているので、アトピーだけでなく、仕事や生活に関することも含めて、自分が未来に向かってどうしていくかを考えていきます。ただ、クライアントは最初はずーっとアトピーのことを話しますね。アトピーのことをすべて吐きだしてやっと、自分の未来を構築できるようになっていくんです。
伊藤:将来的にはカウンセラーの数は増やしていく予定ですか?アトピーのことを経験している人の方が望ましいんでしょうか?
横井:クライアントはアトピーのことをたくさん話しますので、アトピーについてきちんと理解している人の方が良いですね。いまは物理的に一人しかいないし、スカイプなどを使った遠隔カウンセリングももっとやりたいので、人数は増やしたい。将来的にはアトピーカウンセラーの育成プログラムを作れたらと考えています。実際にアイデアは出ているんですが、それをきちんと実践するにはかなりの労力と覚悟が必要です。僕もカウンセラーも、協力してくれているメンバーも他の仕事と掛け持ちなので本格的に踏み込めていないのですが、カウンセラーが増えるとアトピーの世界は変わるでしょうね。
伊藤:3つ目のDream Wishにはどんな事例がありますか?
横井:ある女性のケースでは「半年間でアトピーを良くして、肌が露出するドレスを着てポートレート写真を撮る」というプロジェクトをやりました。つい最近は男性だったのですが、こちらも「半年間でアトピーを良くして、付き合っている彼女にプロポーズをする」という企画を行ったんです。僕と挑戦者とが半年間ほぼ毎日コンタクトを取り、二人三脚で半年後のアトピー改善と夢の実現に向けて取り組みました。
伊藤:お金も結構かかってますよね?
横井:一方的に資金だけが出ていくプロジェクトなので、企業からの寄付金などを活用させてもらっています。ただ、こういうプロジェクトをやっているからこそ企業側が注目してくれて、寄付をいただけるということもあります。挑戦者本人たちも「アトピーも良くなったし、本当にチャレンジして良かった!」と言ってくれています。
伊藤:NPOの活動を通して、参加されている皆さんのアトピーが実際に回復しているという実感はありますか?
横井:僕はありますね。参加者本人たちが実際にどう思っているか定かではないですが、アトピーサロンのリピーターも結構いますし、サロンをきっかけに自分なりの努力をしている人たちや、参加者の中にはボランティアで活動をサポートしてくれるメンバーもいます。アンケートを取得していますが、リピーターの人は100%、QOLが上がったと答えています。話したり、お互いに関わりを持つことでアトピーが良くなっていく…そういう場づくりをしていきたいですね。
※1「アトピー有症者」… NPO法人「アトピーを良くしたい」では、「アトピー患者」ではなく「アトピー有症者」という言葉を使っている。
※2「アドラー心理学」… オーストリアの精神科医、アルフレッド・アドラー創始し、その後継者たちが発展させた心理学の体系。人間は相対的にマイナスの状態からプラスの状態を目指して行動しているという考え方。
※3「ブリーフセラピー」… ブリーフとは効果的・効率的という意味であり、相談者本人の持っているリソース(資源)を見つけながら問題解決を目指す方法。